研究概要 |
平成12年度と13年度にわたり、プルーストの小説『失われた時を求めて』に現れた作中画家エルスチールの架空画面について、その成立過程を実証的かつ総合的に明らかにするのが本研究の目的であった。そのため、1.プルーストの作品と書簡に現れたエルスチールと絵画に関する情報を網羅的に蒐集した。2.これと平行して、19世紀末から20世紀初頭の絵画に関する専門書や美術雑誌・私的コレクションの実態、展覧会カタログなどの関連資料も調査・研究した。3.また、パリの国立図書館などにおいて作家の未発表草稿をふくむ調査を継続し、小説のなかにエルスチールの架空画面が定着した経緯を明らかにするよう努めた。4.1,2、3の資料を照合することにより、作家がいつ、いかなる機会に、どのようにエルスチールのモデルとなりうる画家の画と出会ったかを特定した。その結果、「ミス・サクリパン」のような肖像画の場合でも「カルクチュイ港」のような海の風景画の場合でも、エルスチールの架空画面では、マネ、ホイッスラー、ターナーなどの実在画家がモデルとして存在したこと、それら複数の異なる実在画面をモンタージュして架空画面が作成されたこと、その画面もオリジナルの画だけでなく、参照した著作や画集に収録されている図版に依拠している場合が多いことなどが明らかになった。5.以上のような作家の創作の実態については、研究発表の項に記した論文や、フランスでのプルースト・シンポジウムでの講演などで発表した。ただし架空画面を描写するプルーストの文体については、比喩の生成について問題の端緒を明らかにしたにとどまり、総合的な考察をまとめることはできなかった。今後の課題としたい。
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