今年度の研究は二つの方向において実績を得た。 第1に、ルードルフ・フォン・エムスに関する個別的・具体的研究について、研究史上の最高の到達点であると同時に、それ以後30年近く研究が進展を見なくなってしまったため今もって今後の研究の出発点となるブルクハルト・ヴァッヒンガーとヴァルター・ハウクの研究業績について批判的検討を行った。両者の主要論文の抄訳とそれに対する私のコメントを、研究成果報告書に発表する。ここで得られた成果の一つは、前近代の文学から近代・現代の文学への歴史的変化の上に対象を正しく捉えようとするなら、新たに文学史理論そのものを構築しなければならないということである。これはとりわけハウクの問題意識と全く重なり合うが、この30年間に現代文学の方が決定的な環境変化を経験しており、これを十分に踏まえた上で新たな文学史理論を構想しなければならない。それは勿論「インターネット革命と文学」という問題であり、そこから改めて脚光を浴びたハーバーマスの言う「文学公共圏」の史的展開の問題である。 ここから第2の方向に研究が進展し、実績を見た。コンピューターそのものが文学にとって持つ意味、インターネットが文学にとって持つ意味、この観点から「文学公共圏」という概念が持つ文学研究上の意味について、3部構成の試論を準備し、「コンピューターと文学」は業績表の通りに既に発表し、「インターネットと文学」は既に原稿は完成し、その一部が印刷中であり、2001年度上半期中に「文学公共圏」についての試論が発表できる予定である。始めの2つの試論については、完全原稿を研究成果報告書に発表する。「文学公共圏」論はこれまで近代市民文化におけるサロンやカフェの文化的創造力を中心に展開されてきたが、近世のアカデミー・言語協会や、中世文学の「上演の場」をも含んだ、総じて文学的コミュニケーションの通時的展開という視点から改めて理論的に発展させるべきだと考える。
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