キナウル語は、チベット・ビルマ系言語のうち最西端に位置する西ヒマラヤ諸語のひとつである。その帰属については、いまだ議論のあるところであり、結論は出ていない。 キナウル語の研究は、すでに20世紀初頭に出版されたLinguistic Survey of Indiaに現れている。しかし、その後、十分な資料は提出されておらず、研究も少ない。近年、キナウル語を対象とする研究が現れているが、現在も現地調査の意義は大きい。 本研究は、現地調査に基づき、現在のキナウル語を記述、分析することを目的とする。科学研究費の交付期間においては、毎年度現地に趣き、調査を行った。 交付期間の前半の2年間においては、キナウル語の格助詞の用例を記述した。格標示体系の記述は、形態統語論的分析の基礎となるものである。格標示体系そのものについては、与格名詞が、ある場合に直接目的語として使用されることが興味深い。どのような場合に与格助詞が直接目的語として使用されるかは、まだ明らかではないが、名詞の特定性spcifiityと何らかの関係があるように思われる。 キナウル語においては、動詞の屈折接辞、とくに主語や目的語を表す人称接辞に興味が持たれる。交付期間の後半においては、とくに動詞形態論を中心として調査を行った。キナウル語の人称接辞が直示と関連すること、言い換えれば、キナウル語では、会話参加者が一つにまとめられることを指摘した。 キナウル語では、動詞形態論は非常に複雑である。したがって、さらに多くの資料が集められなければならない。たとえば、動詞接辞-sは再帰的また相互的意味を表す。科学研究費補助金報告書では、その用例のみを示したが、その分析は今後の課題であるまた、名詞形態論についても、資料が増えるにつれて新たに分析が必要となっている点もある。 今後の研究課題としては、動詞や名詞の形態論の詳細な分析、およびそのための資料の収集、また、これまでに収集した資料に基づく語彙集の作成などがある。
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