研究課題
同時通訳を観察することによって、人間の言語理解のプロセスをオンラインで実証的に捉えることができるという考えのもとに、実際の同時通訳の記録を分析する作業を行っている。本年度の具体的なテーマは、原発言と訳出の精緻な比較である。特に、原発言中の表現に対応する表現が、訳出ではどれぐらい遅れて、どのような表現として出てくるかをデータ化する作業を行っている。データ化に当たっては、音声資料を原発言・訳出ステレオ並記形式により文字化するとともに、デジタル化した音声資料をDigiOn Sound Lightというソフトを使って、波形として視覚化し、0.01秒単位の目盛りで訳出のタイミングを測れるようにしている。さらに、訳出の遅れに関しては、訳出関係の交差という要素も考慮に入れている。つまり、訳出の遅れを単に時間的な距離の次元で測るだけではなく、ある表現が原発言中に生起してから訳出中に対応表現が生起するまでの間に、順序が入れ替わる形で他の表現が入り込むかどうかも調べている。これは、訳出の遅れが単に反応に要する時間だけを反映しているわけではないことがすでに観察されているからである。詳細な分析作業はさらに来年度も継続して進める予定であるが、すでに、従来直感的に指摘されていた同時通訳プロセスのモデルが必ずしも実態を表しているわけではないことが明らかになりつつある。本研究において得られたデータは、原発言と訳出の時間差、およびその変異度は、従来想定されているよりも大きいことを示している。