本研究は、紀元前63年に国家転覆の陰謀を企んだルキウス・セルギウス・カティリーナの人物像が、ラテン文学の中でどのように描かれてきたか辿り、分析したものである。ローマの歴史上名高い人物であるカティリーナが文学作品中でどのように描かれ続けてきたか(本研究では基本的に対象外とするが、古典古代以後も、ベン・ジョンソンやイプセンが彼を戯曲の主題として取り上げている)調査するものであって、カティリーナの歴史的実像を再構成しようとするものではない。 カティリーナ像の一つの典型は、陰謀勃発当時の執政官キケローによって形成されたものであり、彼は多くの著作で、国家を滅亡させようとする破滅的な人物としてカティリーナを描いた。このようなヵティリーナ像は、後世も多くの作家が受け継いでいる。だがその一方で、カティリーナの罪は非難しながらも、彼個人の能力は評価し、その勇猛な最期を半ば美化したり、すぐれた能力の使い道を誤った人物ととらえているような例も認められる。このようなカティリーナ像の原型は、サッルスティウスの『カティリーナの陰謀』に見出すことができるだろう。本研究では、まずキケローとサッルスティウスそれぞれのカティリーナ像を整理し、彼らがカティリーナをそのような姿に描いた背景や意図を考察した。彼らの著作は、共和政末期の政治的変動が激しい時期に記されたものであり、そうした時代背景を反映した内容となっている。次いで、そのような背景がもはや無関係となった後代のラテン文学の中で、カティリーナがどのように描かれているかを追跡し、先の二人の作家の影響や、各作家の独自性(例えば、「元首政」の下にある彼らが、「共和政」の敵とされたカティリーナをどのようにとらえているか)などについて考察した。
|