本研究は、紀元前63年に国家転覆の陰謀を企んだことで名高いルーキウス・セルギウス・カティリーナの人物像が、ラテン文学の中でどのような形で伝えられているかを辿り、分析したものである。まず、カティリーナの(現存する限りでの)主要な典拠であるキケロー及びサッルスティウスの著作に見られる関連記述を収集し、彼らがそれぞれカティリーナをどのようなスタンスで語り、彼にどのような性質を与えているか、どのような逸話を伝えているか、彼を形容するのにどのような語彙・表現を用いているか、あるいは彼をどのような類の人物達と同列に(あるいは対照的に)置いているかなどを調べた。次いで、それらを他の作家の記述と比較した。その結果、少なからぬ作家において、キーワード的語彙などでキケローとの相似が見出された。サッルスティウスとの相似が明確である例は、歴史叙述やそれに類する記述において認められた(サッルスティウスの記述にキケローと重なる点が多いため、明確に判定できる例は限られている)。今回調べた範囲では、この両作家以外に、別の作家の記述に影響を与えたと判ぜられる作家は存在しなかった。また、この二人の作家の現存する著作には見られない事実を伝えている作家はごくわずかであった。このように、両作家の影響が大きいことは確かだが、かといって各作家のカティリーナのイメージが決して均質ではないことは、カティリーナと比較対照される人物が相当に多様であることからも窺える。 なお、プルータルコスなどのギリシア語作家もカティリーナについて言及を残しているが、今回はThe Packard Humanities Institue CD-ROM #5.3に収録されているラテン語作家に対象を限定した。調査範囲の時代(上記CD-ROMは、紀元後2世紀までの作家を中心に収録)・言語面での更なる拡大が今後の課題と言えるだろう。
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