研究概要 |
本年度は,(1)wrongful birth/wrongful life訴訟,(2)試料を採取する際の説明と同意のあり方,(3)試料匿名化の問題を中心に研究を行った。 (1)アメリカにおけるwrongful birth訴訟等に関しては特段の変化はなかったが,やや否定的な動きの萌芽が現れはじめているようにも見える。Wrongful life訴訟肯定州も,3州のままである。Wrongful birth訴訟を認める理由として救済の必要性があげられるが,新たな医学の可能性が過失が犯される新たな状況を生み出し,それが,(裁判所で救済を認めることの社会的含意の十分な検討がないまま)新たな訴訟原因の誕生を招いていることが改めて痛感された。(2)遺伝子解析研究用試料採取の際の説明と同意のあり方については,包括的同意,組織細胞バンクへの寄託,撤回の可能性について検討した。(3)遺伝子解析研究をはじめとして,研究対象者の個人情報保護のために資料(血液などのヒト由来試料および人種,性別,年齢,病歴,生活習慣,環境,家系などの情報)の匿名化が求められることが多い。匿名化は,個人識別情報(identifier)の除去による。個人識別情報には,氏名,生年月日,カルテ番号,顔貌などがあるが,これらによって資料の由来が特定できる程度,換言すれば,その除去によって匿名化ができる程度は,個人識別情報の特定度だけでなく,資料取扱者が持つ対象者集団に関する個人情報の量や精度,およびその情報処理能力によっても上下する。したがって,匿名化のためにどのような個人識別情報を除去すればよいか,ということは,資料取扱者の側の要素を考慮せずには決められない。また,研究対象が単一遺伝子疾患から多因子疾患に広がるにつれて,ゲノムと病態との相関研究をする際により詳細な提供者情報が必要になる。匿名化の工夫とともに,他の方法による個人情報保護方策の構築が必要である。
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