本研究は、憲法を規準とした財産権の内容形成につき、これを戦後補償の立法的解決の問題に即して検討しようとするものである。わが国では、戦後補償に関し、実定法上の包括的な補償規定は存在していない。そのため、裁判では、原告の請求自体は退けながらも、「立法不作為の状況」を指摘し、国会に積極的な対応を促す判決が積み重ねられてきている。ところが、この問題については、すでに在宅投票制度廃止訴訟最高裁判決が、立法行為の違憲性を理由とする国家賠償訴訟の途を原則的に否定してしまっている。 そこで、本研究は、(1)財産権が、単なる価値保障にとどまらない、人格の自由の保障と緊密な内的関連に立つ根元的な基本権であること、(2)財産権は、本質的に「法律依存的権利」として、その内容、行使の方法、他の権利との調整等の規律が立法者に委ねられていること、(3)ドイツにおける制度保障理論が、「核心的領域の保護」の思考を維持しつつも、その構造上のメルクマールとして「歴史的・伝統的なるもの」への志向性を排除するものであること、(4)単なる財産配分の現状保障(既得権の保護)に終わるのではなく、「人間の尊厳」の確保・維持を目的とした人格的自由と内面的関連をもつ財産権の形成が求められていること、(5)そのようなものとしての財産権は、今日では、財産配分をめぐる国家の社会的・経済的政策にますます依存の度を強めていること、の5点を根拠に、制度保障という理論的枠組みは、さしあたり財産権のそれに限っていえば、積極的な役割を果たすものと考えられること、を指摘した。本研究では、以上をふまえて、戦後補償裁判で問題にされているごとき、個々人の人格的自由と内面的関連をもつ財産権の実質が侵害されていると見なされる状況がある場合、立法者は、これを放置することは許されず、被害回復のための積極的な立法措置を講じる義務を負う、ことが指摘される。
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