本年度においては、本研究全体の基盤にかかわる研究として、(1)制憲過程にみる憲法28条の規範的意義の認識、及び(2)憲法制定前後を通して公務員の労働基本権保障がどのように考えられていたかを検討した。その結果、次の点を明らかにすることが出来た。(1)に関しては、制憲過程を通してみた場合、憲法25条の生存権規定は第90回帝国議会での審議の中で社会党からの強い要望により初めて設けられたこと等からして、それ以前から草案中にあった憲法28条は、生存権保障とは離れた独自の存在意義を持つものと考えざるを得ず、その独自の意義としては、マッカーサー草案の作成過程等におけるGHQ側の議論をみていくと、団交を通じて自己の利益を使用者側に組合が主張するという側面(これはワグナー法に淵源があるものであり、その点でわが国の憲法28条の如き主観的権利とは大いに異なる)と、民主主義プロセスへの参加的機能を上げることが出来ること、(2)に関しては、憲法28条に言う「勤労者」には非現業公務員を含めた公務員が全て含まれることを前提に、一定の公務員についてのみ労働基本権が制約されることもあるが、教員の場合も団結権・団交権は当然に認められるとされていたこと、である。公務員の労働基本権の保障の範囲、換言すれば制限の範囲は個別的・弾力的に考察されなくてはならないという意識が強く現れているのである。(1)より、これまで生存権保障を目的とする憲法28条の理解は大きな修正が必要であること、(2)より、わが国の最高裁判例の如き、労働基本権保障とその制約原理との抽象的な「二律背反」論でこの問題を捉えきろうとする思考は、抽象的な「公共の福祉」論が全盛となる前でさえもなかったことが判明した。
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