平成12年度より交付を受けた科学研究費(課題名「交渉規範と契約法規範の交錯-継続的消費者契約紛争を例として-」)により、取引関係の継続する契約当事者間において、紛争が勃発した場合、いかなる社会的・個別的な非法律的規範がそこで当事者により援用されるのか、またかかる非法律的な規範と法的な規範との関係とはどのようなものであるのか、についての研究を進めてきた。そこではきわめて重要な多くの知見が得られたが、かかる成果の一つとして、継続的な交渉関係について検討を進める場合、従来は、交渉をなす紛争の二当事者に焦点を当て、この二当事者間の社会的・個別的規範関係や、法的権利関係についての考察がなされることがこれまでの研究の当然の前提であったように思われるところ、現実の紛争を見る上では、かかる直接の紛争当事者である二当事者にとどまらず、この直接の紛争を取り巻き、かかる当事者に関わってゆく、様々な関係者と、紛争当事者とのかかわりというものを射程に入れることが、当該紛争のなかでの規範の役割を考える上でもきわめて重要であることが判明した。そして、このように直接の紛争当事者に視点を限定するのではなく、紛争の当事者にかかわってゆく様々な関係者をも分析の射程に入れるならば、紛争の過程において当事者がなしてゆく個々の「自己決定」という基本原理についても、きわめて重要な観点が得られることが判明した。具体的には、契約法学の基本原理であり、また民事紛争処理の基本原理である「自己決定」原理について、「紛争当事者の自己決定と、その相手方による関わり」という観点からのアプローチをなすことの重要性が確認されるに至った。かかる問題提起の重要性は、決して契約法学内部にとどまるものではなく、実は介護や看護の現場、精神医療の現場、学校教育の現場、医療の現場、その他様々な領域でのカウンセリングの現場等々、人間の生と死をめぐる「自己決定」に直接的にかかわらざるを得ない社会の現場における様々な実践からなされている近時の理論的提言とも通底するものがあることも判明している。本研究では、とりわけ従来の「法的ルール」にのみ焦点をあてる契約法学のあり方に対する反省から、具体的な紛争当事者により用いられる「技法」という観点に着眼することの重要性を、上に述べた様々な社会実践との連携も考慮しつつ、具体例を用いて提言することを試みた。
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