わが国においては、相手方による差別対価に関する実務的な蓄積が必ずしも十分ではない。その原因の一つは、不公正な取引方法一般指定第3項の下においては不当性の有無が明らかには判別できないケースが多いことにあるように思われる。 EC競争法においては、相手方による差別価格は主としてEC条約82条の濫用規制において行われる。82条2項c号は、市場支配的事業者について、個別に行われる価格差別をも禁止する。同号においては「取引相手方が競争上不利にされる」ことが禁止要件とされているので、本号においては、差別価格とされる複数の価格のうち、高価格が問題となる。したがって、現在までのところ、低販売価格が原価を上回るか否かが問題とされた事例は見あたらない。 ドイツ競争制限禁止法(GWB)における差別対価規制も、主に市場支配的地位の濫用の規制の枠組みのなかで捉えられていることである。差別対価規制は、濫用規制のなかでも、とくに、いわゆる搾取的濫用の規制として行われ、したがって、複数の価格のなかの高価格が過度に高い場合が、主な規制局面となる。ただし、差別対価が例えば掠奪行為に該当する場合には、排除行為としての側面から市場支配的地位の濫用の規制にかかり、低価格が問題となり得ることはもちろんである。しかし、低価格が濫用に該当するとの証明は実務的に困難であることなどのゆえに、むしろ例外に位置づけられる。 イギリス競争法おいては、差別価格規制は市場支配的地位にある事業者を規制の対象とする18条において行われる。公正取引庁は、差別価格は主に搾取的濫用の観点からこれを規制するとするが、忠誠割引は排除的濫用に当るとはいえ垂直的制限の一類型としてこれを規制するとしている。 EC法、ドイツ法及びイギリス法のいずれにおいても、差別価格規制は市場支配的地位の濫用の規制の枠組みの中で行われている。わが国の独占禁止法は差別価格に対しては不公正な取引方法としての規制を行うにすぎず、市場支配的地位の濫用の規制をそもそも行わない現状からみて、かかる展開はわが国に対して重要な立法論上の示唆を持つものと思われる。
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