20世紀社会主義経済体制の崩壊原因を現時点のレベルにおいて再考し、そのことが、ポスト産業社会であるとともにポスト社会主義社会でもある21世紀の社会編成にどのような含意を持つかを研究することが本研究の目的であった。 研究経過は研究実績報告書に記したとおりであるが、研究成果報告書は、そのうち特に唯物史観の検討の結果をとりまとめた。従来私は20世紀社会主義経済体制崩壊の根本原因としてマルクス自身の社会主義経済構想の欠陥を論じてきたが、本研究の理論的側面においてはその構想の前提たる彼の唯物史観にさかのぼって検討した。特にその硬直的理論構造と社会編成への本質的な人間的心理の影響の軽視が問題である。 その内容は次の通りである。「はじめに」は問題設定の説明であり、「1.移行:最初の10年」は体制転換後の旧ソ連東欧諸国の経済状況の簡単な外観である。「2.唯物史観」はまずいわゆる唯物史観の公式の内容を確認した上で歴史法則主義な客観主義と革命家的な能動主義の問題を抽出・検討した。「3.ポパーと道徳的ラディカリズムとマルクス」は上記の問題についてのポパーの見解の検討から唯物史観弾力化の方向を見出しつつ、歴史法則主義ではない穏和な歴史主義の必要を主張する。「4.ロストウの経済成長史観と未来像とマルクス」はマルクスからベルやフクヤマへの橋渡しとしてロストウを検討する。「5.ベルのテクノロジー史観と多様性論」において唯物史観弾力化のイメージをより具体化する。「6.フクヤマの進化論的テクノロジー史観」はフクヤマの歴史終焉論に組みするものではないが、彼の社会編成分析視点(テクノロジーや理性だけではなく人間的心理を重視)は有効であるとする。人間的心理と社会編成のかかわりを「7.ロールズと市井の正義論と社会体制」において検討した。
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