本研究では医薬品企業の研究開発部門における人事処遇政策を分析することを目的とし、統計分析と聞き取り調査をすすめた。統計分析では、まず、理系出身者のアンケートを使用し、研究開発職に就く可能性の高い大学院生の処遇を分析した。その後、かれらの最終的なキャリアがどのように決定されていくかを役員のデータをもとに、出身学部や移動のパターンを分析した。また、平行しておこなった医薬品製造業を対象とした人事制度変化の分析や製薬企業の内部データを使用した賃金格差の拡大要因の研究結果をもとに、製薬企業の人事部と研究所におもむき現在行われている人事制度に関する聞き取りと、個々の研究・開発職員のキャリアとかれらが認識している評価制度に関する問題点を聞き出した。 以上から明らかになった事実は、主に4点ある。第1に、研究開発職でも右上がりの賃金カーブが観察されるだけでなく、他の従業員よりもその傾向が強い可能性がある。第2に、研究開発職は他の職種に比べて異動の範囲がかなり限られている。第3に、医薬品産業における成果主義的方向への制度変更は、格差の拡大を目指しているというよりもむしろ従業員評価の精度や納得性を高めることをめざしている。第4に、医薬品産業の研究・開発者の評価は成果が出るまでに時間がかかることから、短期的業績を測ることが困難であり、単純な処遇への反映が必ずしも、良い結果に結びつくとは限らない可能性がある。すなわち、この分野においては一般に考えられているほど、人事処遇制度の変更、特に「成果主義」的の方向への変化が容易でないことが明らかになった。 これらの結果は、それぞれ論文または研究ノートとしてまとめられ、学会で報告されるとともにいくつかは専門雑誌に投稿された。ただし、当初予想した研究テーマの裁量度等の持つインセンティブ効果は明らかにすることができなかった。また、当該産業における人事制度は改変の途中であり結論を出すには今後も観察を継続する必要である。
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