本研究では、1945-60年の韓国を対象に、企業内の労使関係と労務管理の実態、そしてそれとつながる1953年勤労基準法の成立経緯を実証的に明らかにしようとした。まずは企業内の人事処遇制度の実態やその変化に注目し、その背景にある労務政策や労使関係の有りようを明らかにする、というのが主たる分析手法である。その成果は大きく次の3点に要約できる。 第1に、何よりも研究史上の空白をうめたことが大きい。そこで初めて、1945年解放前後の連続と断絶を実証的に語れるようになったと自負する。また通説と違って、内部労働市場型雇用慣行は経済開発の成功による大企業群の出現と共にもたらされたというより、それに先だって生活保障型の制度として成立していたことも明らかにされた。 第2に、内部労働市場型雇用慣行の成立根拠を解く議論としては、大企業の企業特殊的熟練養成上の必要性を強調する説がもっとも有力である。しかし本研究の結果はこうした通説の限界をにおわせている。韓国では熟練労働力の確保という企業サイドのニーズより、企業内福祉を求める杜会的圧力が先行したからである。 第3に、近年の国際比較研究の進展により、企業福祉の伝統は日本に限らず米国においても確認され、例外的現象ではないことが知られている。しかしそのことの意義については十分吟味されていない。内部労働市場論をはじめとする既存の経済学的説明と労働運動や杜会的圧力に注目する政治学的アプローチが相互補完性を欠いたまま併存しているからである。私は、企業内の処遇制度を考える際、伝統的な内部労働市場論よりもっと広い視点、すなわち企業内処遇制度を企業福祉の一部として、杜会の福祉システム全体と絡ませて捉える必要があると考える。近年、長期雇用や年功賃金の崩壊がいわれているが、そのインパクトを推察していく際も、私の提案は役に立っと考える。
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