本研究プロジェクトでは、銀行経営陣の選好を明示的に考慮に入れて銀行の行動原理を考えることを目的に研究を進めてきた。従来の研究との最大の相違点は、銀行経営者を合理的経済人としてではなく、意思決定においてさまざまな認知的バイアスを持つ存在としてとらえる点にある。 標準的経済学においては、経済主体は合理的であり、市場は効率的であると見なされてきた。しかしながら、経済主体の合理性・市場の効率性と(システマティックに)矛盾する現象の存在はこれまでも数多く指摘されている。これらの研究のほとんどは、認知心理学の知見を利用したものであり、その研究領域は行動経済学・行動ファイナンスとよばれている。 本研究プロジェクトでは、まず最初に、近年注目を集めている行動経済学・行動ファイナンスの研究を整理することを行った。それが「視点 経済学と心理学」(林康史(監訳)『投資の心理学』東洋経済新報杜2001年所収)である。そこでは、経済学の中にいかにして心理学的知見が導入されるようになったのかを簡単にまとめている。 ついで、行動経済学の立場から、「銀行の不良債権問題」という現在の日本経済にとってもっとも重要な課題を考察した。それが、「日本における不良債権問題の行動経済学的理解:不良債権の処理がすすまないのはなぜか?」(『商学論纂』43巻2002年掲載予定)である。そこでは、プロスペクト理論・心理的収支計算にしたがった意思決定を行う銀行経営者を想定して、近年の不良債権問題に対する銀行の行動原理を考察した。具体的には、不良債権問題のミクロ的側面に着目して、 (1)不良債権の公表が遅れた理由 (2)不良債権の処理が進まない理由 (3)含み益の評価基準が不良債権の処理に与える影響 (4)多額の公的資金の投入によっても、不良債権処理が進まない理由 という4つの課題を提示し、上記の特徴を有する銀行経営者を想定した銀行行動モデルによって、これらの諸課題が統一的に説明できることを示した。 バブルの発生から崩壊にいたる過程がまさしくそうであるように、金融活動は人間心理の影響をとりわけ受けやすいものである。さらに金融は、現在の日本経済の動向を左右する最大の要因である。その意味で、行動経済学・行動ファイナンスの研究・展開は、今後の日本経済にとって非常に重要な意味を持っている。本研究プロジェクトの成果は、日本の金融問題を行動経済学・行動ファイナンスの観点から分析するための第1歩を踏み出したものである。
|