本年は、(1)負債項目に関する会計基準(とりわけ、退職給付会計)の利益計算構造に係わる研究を継続すると共に、(2)退職給付会計に対する日本企業の会計的裁量行動と実態的裁量行動の調査を行った。 (1)についての成果の一部は、今福愛志著『年金の会計学』(新世社刊)に対する書評(裏面を参照)中に反映されている。論点は次のとおりである。PBO(退職給付債務)の再評価は、キャッシュ・フロー自体の評価替えではなく、割引率の変化を反映するということにすぎない。割引率の変化によるPBOの再評価は金融負債の公正価値評価と共通する問題であるが、母体企業はPBOの評価減による評価益を実現する術を持たずに満期を迎えることになる。つまり、当該評価益が「数理計算上の差異」を経由して期間損益計算に入ってくるため、退職給付会計が想定している会計利益は実現利益と相容れないものである。 (2)についての成果の一部は、論文「退職給付会計の光と影」の中に反映されている。論点は次のとおりである。移行時差異の償却は企業の損益を圧迫する。この移行時差異に対して一括償却をする企業と会計基準が許容している最大の償却期間内(15年)で償却する企業とが存在する。また、このような会計的裁量で対応しきれずに(または、対応するという戦略を変更して)、退職一時金制度や確定給付型の年金制度を廃止する企業も出てきている。このような企業の会計的裁量行動や実態的裁量行動の結果、日本の経済システムの一部(終身雇用制度や長期企業金融)の変化(労働力の流動化や短期企業金融)に拍車がかかっている(この点に関しては、2001年12月22日の日本会計研究学会・九州部会の統一論題報告「国際会計基準への対応と影響」において指摘した)。
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