3年間の研究を通して、次のような暫定的な結論に至った。具体的な研究対象として、確定負債から偶発負債まで様々な金融負債項目の認識と評価問題を検討したが、とりわけ、借入金、退職給付引当金、他の負債性引当金、および偶発負債については重点的に考察した。その結果、認識の規準となっている2つの中心的な概念((1)発生確率が高いこと、(2)合理的な見積もりができること)のうち、(1)の発生確率を評価に入れた期待値(離散量の期待値のみでなく、オプション理論を援用した連続量の期待値)計算によって、支払義務の時期と金額が同じであっても発生確率の異なる事象を区別できることを明らにした。ただし、貸借対照表にオンバランスすべきかどうかは別の(さらなる)検討を必要とする。つまり、これまでオンバランスされていなかった偶発負債等がオンバランスされる場合に、算定された利益に対して理論的な説明が可能であるかということである。これらの項目の計上が認められれば、それらの項目の評価替えにおいて実現不能な評価益が発生する可能性があり、実現利益概念は崩壊する。その場合に、実現利益に替わって評価・配分と利益概念とを整合的に説明する利益概念は登場していない。また、上記の期待値計算は精粗の差はあるものの、競争的な市場を擬制して算定された公正価値額に他ならない。とすれば、まず市場が決定した負債の評価額に関する情報を市場に戻すことの意味が明らかにされる必要がある。この点は、市場の期待値を経営者が採用することによって確認がなされたと解釈して次へ進んでも、「ダウングレーディング・パラドクス」を解決しなければならない。ある企業の信用リスクが上昇すれば市場は当該企業に対する債権の価値を下げるが、債権者が債務を減免した訳ではない。経営者に対する法的・倫理的拘束は解除されておらず、暫定的な結論であるが、金融負債については公正価値評価を首肯すべき包括的な理論は形成されていないといえよう。関連する申請者の研究業績は本報告書の11に示している。
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