本年度は、次の3つのテーマについて研究を行った。 (1)個体数の確率的変動下での遺伝子系図学の研究 前年度と前々年度において、個体数の確率的変動下でのWright-Fisherモデルと拡散モデルに関する解析を行ったが、本年度は、個体数の確率的変動下での遺伝子系図学モデルの定式化と拡散近似を行い、このモデルの性質を考察した。それをもとにして、有効個体数(Coalescent Effective Size)を定義し、その性質を明らかにした。また、個体数の確率的変動下でのWright-Fisherモデルに突然変異の効果を導入すると、その有効個体数は、個体数の確率的変動が各時点ごとで独立なときは、変動する個体数の調和平均に等しくなることをも証明した。 (2)現代日本人の起源に関する古人類学的データを用いた数理的研究 古人類学において蓄積された人骨資料に基づく形質解析のデータを用いて、縄文末期から弥生中期における形質の変化が、比較的少数の渡来人集団(または、縄文人との混合集団)により生じ得ることを明らかにした。その結果をもとに、土器等の考古学的データと古人類学的データの見かけ上の不整合性が解消され得ることを示した。 (3)水産学における養殖魚放流が自然集団の遺伝的多様性に与える効果の研究 水産学においては、遺伝的に近縁な個体を放流することにより、自然集団の遺伝的多様性が減少してしまう可能性が指摘されている。ここでは、集団遺伝学の確率モデルと有効個体数の概念を用いて、その効果を評価し、その効果を軽減する養殖、放流システムを提唱した。
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