本研究では集団遺伝学における以下の確率過程論的研究を行った。個体数の確率的変動を伴うWright-Fisherモデル(離散時間マルコフ連鎖)、個体数の確率的変動を伴う拡散モデル(拡散過程)、個体数の確率的変動を伴う遺伝子系図学モデル(coalescent processes)の3つのモデルの定式化とその性質の解析を行った。これらのモデルに対して、集団の有効個体数と呼ばれる量が、確率的に変動する個体数の調和平均と相加平均とどのように関係しているかを解明することが、生物学的には重要である。長年、個体数が変動する場合の有効個体数は調和平均に等しい、もしくは、近い値をとると多くの文献で証明なしに記述されてきた。しかしながら、カリフォルニア大学のJ. H. Gillespieはコンピュータ・シミュレーションを用いた研究により、これが成立しない例を報告している。本研究においては、J. H. Gillespieと緊密な連絡をとりながら、上記の3つのモデルに対して、有効個体数と調和平均、相加平均の大小関係、および、有効個体数がいずれかの平均と等しくなるための条件や、漸近的に等しくなるための条件を明らかにした。その結果、これまで記述されてきた有効個体数が調和平均と等しくなるのは、離散時間モデルにおいて、個体数の確率的変動が各時点(世代)ごとに独立である場合に限られることが分かった。これらの3つのモデルに自然淘汰の効果を導入した場合の研究を今後計画中である。その他、互助的突然変異による分子進化、古人類学、水産学に関連した集団遺伝学モデルの数理的研究をも行った。
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