強い相互作用を記述する量子色力学(QCD)が持つ特徴的な性質の一つは、QCD真空におけるカイラル対称性の自発的破れである。この対称性の破れの結果、軽いπ中間子が生じ、ひいては核力や原子核の結合が引き起こされる。本研究の主目標は、原子核媒質中でカイラル対称性がどのように実現されているかについて、観測可能な現象を理論の立場から提案する事にある。初年度は、以下の2点に主に焦点を当てて研究を行い、その結果をNucl.Phys.誌とPhys.Rev.誌にそれぞれ発表した。 (i)σ中間子原子核の存在可能性。原子核中でカイラル対称性が部分的に回復した時に特徴的に現れる現象として、I=J=0チャンネルでのππ相関の顕在化とそれに伴う幅の狭いσ中間子原子核の存在を指摘した。媒質中でσ中間子が感じる光学ポテンシャルを線形シグマ模型から計算し、それを用いて鉛原子核に束縛された幅の狭いσ中間子の準位構造を計算した。 (ii)πA→ππA'反応における閾値付近での異常。原子核中のI=J=0チャンネルにおける強いππ相関の結果、このチャンネルにのみ閾値異常が現れる事を、すでに我々は指摘していたが、これをより現実的なモデルで基礎つけるため、線形σ模型のみならず非線形σ模型でもこの現象がおこる事を示し、媒質中での両モデルの関係を明らかにした。 (i)、(ii)以外に、バリオンの励起状態についての新しいカイラル対称性による分類を提案した。これは、高温・高密度で共鳴状態が励起された核物質の研究にも新しい視点を与えると期待できる。
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