研究概要 |
近年,スピントランジスタや量子コンピューティングなど、半導体中の電子の電荷よりもむしろスピンに着目した「スピンエレクトロニクス」研究が盛んになってきている.これらの研究は近い将来の情報通信分野のみならず社会全体に与える影響は計り知れない.しかしこれらの実現の背景となる半導体中でのスピン緩和やスピン拡散の物理機構は,未だ十分に明らかになってはいない.例えばスピントランジスタ等半導体への電子スピン注入を行うデバイスでは,スピン拡散の物理を知ることは不可欠であるが,スピン拡散に関する実験研究は世界的にもほとんど無い.この様な背景から,本研究は半導体量子構造における励起子スピンの拡散、緩和メカニズムの解明を目的としている.今年度はまず、 1.スピン拡散の測定 2.電荷拡散との比較 を行った.レーザーの偏光組み合わせを利用した励起子スピン回折格子を試料に生成し、四光波混合信号を測定することによりスピン緩和・拡散過程が観測可能かどうかを実験的に研究した。その結果、電荷拡散とスピン拡散の両方を同じ測定システムで観測することに成功し、スピン拡散が3.5倍程度電荷拡散より速いという結果を得た.最近Awschalomのグループ(米国、カリフォルニア大)がn-ドープGaAsにおいてスピン拡散を測定し、移動度からEinsteinの式を使って推定した電荷拡散と比較している(Nature 397,139-141(1999)).結果としては彼らの結論を確認したことになるが、彼らの結果はあくまで推定であり、我々は電荷拡散とスピン拡散の比較を実験で明瞭に初めて示したといえる.現在理論計算により実験を説明できるかどうか検討中である.また本年度始め(4月)に現在の大学へ新たに赴任したため、実験装置を最初から立ち上げる必要があり、最終目標である励起子スピンの拡散、緩和過程のイメージングには至っていない.
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