磁性体の磁気構造の議論に、中性子回折実験と並んで、NMRによる内部磁場解析がしばしば用いられる。これはNMRの古典的な利用法である。しかし、必ずもその方法論が確立している訳ではなく、むしろ個々の物質に対して注意深い検討が必要である。従って、NMRの結果から安易に磁気構造を議論すると中性子回折の結果から導かれたそれと大幅に食い違うことも少なくない。特に幾何学的フラストレート系では様々な異常現象に伴って、隠れたパラメータが存在することが多く、それが食い違いの原因となっていることがある。しかし、その矛盾の原因を深く追求することから、本質的で新しい概念が発見される可能性がある。本研究では、そのような観点からいくつかの幾何学的フラストレート系とその関連物質に対しNMRおよび中性子回折をはじめとする様々な手段を用いて実験を行い、NMRの実験結果の正当な解釈およびフラストレート系化合物の磁気構造の理解を目指した。 具体的な測定対象としては、(1)ラーベス相金属間化合物YMn2等、(2)三角格子遷移金属カルコゲナイドBaVS3等、(3)四面体クラスタ遷移金属カルコゲナイドGeV4S8等、(4)その他、を取り上げた。問題点は個々の物質で異なるが、一般的な傾向として、フラストレート系では内部磁場の動的・静的な異方性およびその温度変化が顕著であり、それをNMRの結果の解析の中で正当に取り扱うことがきわめて重要であることがわかった。また、NMR・中性子回折およびその他の実験手段を組み合わせた研究からYMn2やBaVS3等のいくつかのフラストレート系に対し、新たなスピン構造あるいは軌道の構造を提唱した。
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