この研究においては、磁気異方性や交換相互作用等の磁性に関して競合の起こる系を人工的多層構造膜(人工格子)の形で作製し、新しい磁性発現の可能性を検討した。磁気異方性の競合する系は、重希土類金属に属するErとTbをc面配向させ交互積層した単結晶人工格子によって実現された。c軸方向を磁化容易軸とするErとc面内を磁化容易方向とするTbの積層界面における磁気異方性競合によって、Er層のc面内スピン成分のみがバルクErと比較しておよそ2倍の温度領域で長距離秩序(ヘリカルスピン構造)を示すことが中性子回折実験によって確認された。Er層のc軸方向スピン成分はバルクErと同じ温度領域において同じ構造で秩序化していることも確認されたので、磁気異方性競合は各スピン成分に関して個別に影響を与える事がわかる。これは特定のスピン成分のみを制御する工学的応用の可能性があることを示唆している。交換相互作用が競合する系は、本質的に超交換相互作用の競合が内在するFeF_2を薄膜化することによって実現された。FeF_2はZnF_2のような結晶構造が同じであるが非磁性な物質によって希釈して乱雑さを導入した場合に超交換相互作用の競合によってフラストレーションが誘起されることがバルク物質において知られているが、この研究では成長結晶方向を選択したFeF_2単結晶超薄膜をFeF_2/ZnF_2人工格子の形で作製することによってFeF_2の特定の結晶面を「切り出し」、特定の超交換相互作用のみを強調することによって、乱雑さを導入することなく超交換相互作用の競合を引き起こすことに成功した。FeF_2(001)薄膜とFeF_2(110)薄膜のネール温度の膜厚依存性が全く対照的であることから判断しても、本研究で作製されたFeF_2薄膜はバルクの希釈系とは違った「制御された競合系」であることがわかる。
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