筆者はこれまで、琉球列島、パラオ、フィリピン等を含む西太平洋のサンゴ礁海域の海底洞窟より'生きている化石'とされるSigillidae科貝形虫の3新属を発見、その内の1新属はすでにKasellaとしてPalaeontology誌に報告した(なお、海底洞窟からのSigillidae科貝形虫はいずれも洞窟壁の裂か内よりその生体標本が得られており、それ以外の、例えば堆積物でおおわれた洞窟の床の部分からは発見されていない)。昨年、11月から12月にかけての一か月間、「海底洞窟生物群の自然史科学的研究」(科学研究費補助金(基盤研究A)研究代表者:加瀬友喜)による大西洋での調査、標本採集に従事したが、現地での、又帰国後の検鏡結果から、Sigillidae科貝形虫ではあるものの、これまで、洞窟外のサンゴ礁の砂底に生息すると考えられてきたSaipanettaの1種-新種の可能性大一が洞窟壁の裂か内に生息していることが明らかになった。即ち、同じ'洞窟壁の裂か内'というniche(生態的地位)を占めるSigillidae科貝形虫が、西太平洋では属レベル、大西洋では種レベルで固有であることが判明した。海底洞窟固有のSigillidae科貝形虫の起源について、大西洋ではSaipanetta又はSaipanettaに近縁なsigillidとなるが、いずれにしろ、浅海性sigillidにその祖先を求めることになるのに対し、西太平洋については、殻形質からは深海泥底に生息するSigillidae科貝形虫のCardobairdia、付属肢(Kasellaの)からはSaipanettaが示唆されるが、引き続き、顕微鏡下の観察、分類学的検討を行い、結論を得たい。
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