2つの典型的な機構領域の中間に位置する領域は境界領域と呼ばれる。その様な反応では、(1)二つの機構の切り替わりがどのようにして起こるか、(2)機構の切り替わりの途中で経由する見かけ上中間的な反応は両機構の重ね合わせなのか一つの中間的な生格の反応なのかといった、有機反応の本質を理解する上で興味深い問題が未解決で残されている。本研究では、ET/SN2境界領域に分類される塩化メチルとホルムアルデヒドラジカルアニオンの反応を取り上げ、その反応経路の微視的機構についてab initio direct-分子動力学(MD)法によって解析した。本年度は、遷移状態構造から、HF/6-31+G^*レベルで種々の温度における温度一定direct-MD、ならびにエネルギー一定MD計算をおこなった。その結果、すべての温度、エネルギー条件下において原型に戻るものに加えてET生成物および出発系に向かう2種のトラジェクトリーが得られた。SN2のトラジェクトリーでは、反応初期にメチル基上に大きなスピンが発生ししたが、これは一電子シフトに対応していると考えられる。ETのトラジェクトリーでは、数フェムト秒の時間帯で急激な電子移動が起こった。各MD条件下で行った50本のトラジェクトリーのうち、ET生成物を与える割合は、反応温度が高いほど大きくなった。今回の結果は、SN2/ET境界領域に位置する反応の一つの遷移状態がSN2およびETの2種の生成物を与えうること、また、2種の生成物比の温度依存性がトラジェクトリーの熱エネルギー依存から生じうることを示している。このことは、反応速度と生成物比との間に相関を仮定し、生成物比やその温度依存性から反応のメカニズムを議論する従来からの反応論の概念が、少なくともこのような境界領域の反応系では、成立しないことを意味する。
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