熊本県天草下島の豊岡湾に面した砂質干潟では、ハルマンスナモグリ(甲殻十脚目、以下スナモグリ)個体群が干潟全体にわたって高密度で安定していたが、1995年以降激減した。この原因として、1995年以降干潟で急増したアカエイの捕食圧と基質攪乱が疑われた。スナモグリ個体群に対するその捕食圧を推定するために、干潟に現れるアカエイ摂餌痕生成の1年間にわたる変化、摂餌痕内のスナモグリ減少率、アカエイの基質攪乱の影響がスナモグリの体長により異なるか否か、干潟で採集されたアカエイ消化管内容物の調査、を行った。摂餌痕を楕球近似し、長軸、短軸、最深部の深さを測定した。摂餌痕は7月半ば〜8月に最も多く(干潟全体で平均3.4個/100m^2)、次いで6月〜7月半ば(同2.3個/100m^2)に多かった(後者を前期、前者を後期と呼ぶ)。冬から春(12〜4月)にはほとんど出現しなかった。スナモグリ減少率を(摂餌痕外と摂餌痕内のスナモグリ密度の差/摂餌痕外のスナモグリ密度)X100%と定義した。摂餌痕におけるスナモグリ減少率の平均値とその95%信頼区間は、摂餌痕の大きさにより62±2%〜78±3%であった。アカエイの基質攪乱によって、とくにスナモグリ幼稚体が影響を受けた。また、アカエイ消化管内から見つかるスナモグリは成体が主であった。結果を干潟の潮位ごとに総合すると、前期と後期にはそれぞれ、もとの個体群の6%(高潮帯)から19%(低潮帯)の範囲で消失すると推定された。これが6年間続くとすると、アカエイの捕食圧/基質攪乱の増加は現在までのスナモグリ個体群の減少を十分説明できた。スナモグリ密度の減少により、かつて本種の基質攪拌作用によって絶滅させられたイボキサゴ(巻貝)とその付随種4種(ヤドカリ2種、外部寄生巻貝1種、捕食性ヒラムシ類1種)が復活を遂げた。これらは、天草下島東海岸に点在する砂質干潟から出た幼生が供給源になっていると推定された。
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