昆虫の前大脳で統合された情報は、下降性ニューロンによって胸部の運動回路に伝達され、歩行や飛翔などの移動運動をひき起こす。本年度はワモンゴキブリの脳から胸部神経節に下降するニューロンの数やその樹状突起の脳内分布について詳細に調べた。 頚部縦連合の切断端をニッケル・コバルト混合液に浸し、ゴキブリの脳の下降性ニューロンを逆行性染色した結果、下降性ニューロンは少なくとも210対存在し、それらの細胞体は少なくとも23のクラスターを形成していることが判った。下降性ニューロンの樹状突起は、視葉、触角葉、キノコ体、中心体、および側葉中心部(ここでは側角とよぶ)には分布しておらず、その他のすべての脳内領域で樹状突起の分布が見られた。脳内の諸領域を、1)視葉、触角葉、背側葉などの感覚中枢、2)下降性ニューロンの樹状突起が分布する前運動中枢、3)それ以外の領域である連合中枢、の3つに分類すると、側角はキノコ体や中心体と並ぶ「第3の連合中枢」と位置付けることができる。 本研究結果を、従来の他の昆虫での研究結果と総合した結果、昆虫の脳の感覚中枢から胸部神経節の運動中枢に至る神経回路は全体として階層性と並列・分散性を合わせ持ち、階層性に着目すると全体として4層程度の階層があること、またキノコ体はその最上層を形成していることが示唆された。このうち低位の層は姿勢制御・逃避などの反射的行動を、中位の層は本能行動を、最上層は高次の学習行動を司どるとの仮説を提案した。
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