研究概要 |
本研究では,昆虫の匂い学習や記憶の形成・保持に関わるキノコ体の神経回路構築を解析することを目的として,ショウジョウバエのキノコ体傘部への入力ニューロンとキノコ体内在ニューロン(ケニオン細胞)のシナプス結合関係を幼虫,蛹,成虫において免疫電顕法などを用いて調べた.幼虫型の嗅覚器は変態により成虫型(触角)に改変され,これに伴い,キノコ体傘部における触角葉出力ニューロンとケニオン細胞とのシナプス結合の再構築がおこると推測される.単純な構造と考えられる幼虫型のキノコ体傘部と,より複雑化し匂い学習や記憶に密接な関係を持つ成虫型のキノコ体傘部の構造を比較解析することは,匂い学習に関与する嗅覚情報処理システムの基本構造を抽出するうえで有効なアプローチと考えられる.本研究によって得られた結果は以下の通りである. ショウジョウバエ成虫のキノコ体傘部には,コリン作動性触角葉出力ニューロンの終末部をコアとし,それをケニオン細胞やGABA抗体陽性ニューロンの繊維が取りまいて構成される微小糸球体が多数分布している.ケニオン細胞はコリン作動性触角葉出力ニューロンからの入力を受けるとともに,GABA抗体陽性ニューロンによりシナプス前抑制的および後抑制的な制御を受けている.幼虫傘部には,成虫と比べ大型の糸球体構造が存在し,触角葉出力ニューロンとケニオン細胞の間にシナプス結合がみられた.蛹前期のキノコ体傘部では,幼虫型糸球体構造が消失するが,一部の少数触角葉出力ニューロンではChAT免疫活性が維持され,ケニオン細胞とのシナプス結合が保持されていた.蛹中期には成虫型微小糸球体の形成が始まり,蛹後期に進むにつれシナプス数が増加し成虫とほぼ同じ構造をもつ糸球体が形成された.これらの観察結果から,特定のコリン作動性触角葉出力ニューロンは蛹期を通してケニオン細胞と機能的なシナプス結合を維持していると考えられる.
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