子嚢酵母、特にSaccharomyces属酵母において、性分化遺伝子の進化がどのように種形成に関わったのかを解明するための基礎的データの収集を目指した。種形成の研究を行うにあたり、まず、Saccharomyces属酵母の系統関係を分子レベルで再検討した、その過程で、3新種を記載することができた。胞子形成率が高く、完全なホモタリズムの生活環を有することが明らかとなったS.naganishiiに関しては、ヘテロタリズムな1倍体株を単離し、その性分化機構に関してS.cerevisiaeとの比較解析を進めた。 性分化遺伝子の解析を行うにあたり、S.naganishiiにおける形質転換系の確立を目指して、この酵母特有の宿主-ベクター系を開発した。ベクターには、S.naganishiiの染色体の複製起点と動原体配列を有する高安定性のYCp型を構築し、これにゲノムライブラリーを作製した。次いで、性分化遺伝子解析のモデルケースとして、このゲノムライブラリーよりS.naganishiiのαフェロモン遺伝子を単離した。 S.naganishiiのαフェロモンの前駆体は、S.cerevisiaeのそれとよく類似していた。そこで、S.naganishiiのαフェロモンの上流配列(URS)に関して、LacZをレポーターとした発現調節の検定を行ったところ、どちらの種においても、α接合型に依存した遺伝子発現が認められた。次いで、このURSからS.naganishiiの推定発現調節領域を除去して、同様の実験を行った。その結果、S.naganishiiにおいては発現が全く認められなくなったが、S.cerevisiaeにおいては弱いながらも発現が残存することがわかった。このことは、αフェロモン遺伝子の発現調節領域には種特異性が存在し、これを認識する接合型遺伝子にも多様性が生じていることを示唆している。
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