研究概要 |
高齢社会において健康で豊かな社会を築いてゆくために,いわゆる老化による身体機能の低下を工学的に把握することは重要な課題である。本研究では,神経回路網を備えた歩行モデルを導入し,年齢に伴う関節可動域の変化が歩行に及ぼす影響を調べ,歩行異常発生メカニズムに関する生体力学的解析をめざす。まず始めに,起立面の傾斜に対する立位姿勢変化を,昨年調査した健常男性87名から下肢関節の可動域が極端に異なる青年群と高齢群を対象として関節可動域との関連について検討した。青年群は15〜29歳の14名,高齢群は60〜75歳の16名であった。その結果,両群は腓腹筋長で決定される足関節背屈限界に達するまで,足関節のみで起立面の傾斜に対応し,それ以上の傾斜で姿勢変化を示した。この変化は股関節の屈曲が主であったが,足関節角と腓腹筋長に関連した膝関節の屈曲を伴う例も観察された。しかし,両群の関節可動域から膝関節の屈曲の有無を推定することは困難であり,下肢筋力等の要因が変化パターンの相違に寄与する可能性が示唆された。次いで,長谷らが開発した神経回路網と筋骨格系からなる歩行シミュレータを利用し,下肢関節の可動範囲を前出の2群が示した可動範囲に制限した場合のシミュレーションを試みた。しかしながら,両群の歩行パターンに大きな相違を観察することができなかった。これは,利用した筋骨格モデルの骨盤や腰椎などが股関節可動域低下の補償機構として機能し,歩行パターンに変化をもたらさなかったものと推察させた。そこで,より単純な両下肢のみの5リンクモデルによるシミュレーションを試みた結果,股関節伸展制限による歩行の変化が確認され,逆に補償機構の有用性が示唆された。今後,ヒトの筋骨格系を精密に再現する可能性をもつ,このシミュレータを利用し,補償機構の関与程度や筋力や筋の力学的特性などの関節可動域以外の歩行への影響を追求してゆく予定である。
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