本研究は、量子効果素子の一種である共鳴トンネル素子の強い非線形性を利用し、超高周波でかつ制御可能なカオス生成器を実現するとともに、それを用いた新しい信号生成・処理技術の確立を目指したものである。具体的には共鳴トンネル素子の負性抵抗特性を利用した強制振動Van der Pol型カオス生成器と共鳴トンネル素子の電流電圧特性をそのまま写像として利用したシフトマップ型カオス生成器の2つのカオス生成回路を提案し、その可能性を調べた。 強制振動Van der Pol型カオス生成器は共鳴トンネルダイオードとインダクタ、キャパシタからなる非常に簡単な回路であるが、入力周波数、振幅、バイアス電圧に応じて様々な信号を出力する。まず、これについてシミュレーションによって基本動作を確認し、また、分岐現象を用いて周波数分周器が実現可能なことを見い出した。本回路の特長は回路のシンプル性に起因する低消費電力と超高周波動作にある。この超高周波動作を実証するため、InP基板上RTD/HEMT集積化技術を検討し、モノリシックマイクロ波IC(MMIC)を試作した。その結果、最大50GHzという超高周波において分周動作、カオス出力動作を確認した。この周波数は測定系と、出力バッファの帯域により律速されており、共鳴トンネル素子の高速性を考えれば、数百GHzという超高速動作が期待できる。 また、シフトマップ写像型カオス生成器に関してはCMOSによる共鳴トンネル素子のエミュレーション回路を考案し、これを用いてその基本動作を実証した。この回路はスタティックな動作が可能なこと、SiCMOSやSi負性抵抗素子を用いたインプリメンテーションが容易なこと、回路が比較的シンプルなことから、カオスニューラルネットワークなど、多くのカオス生成回路が必要な大規模回路に適していると思われる。
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