本研究では明治の開国以来、西欧型の建設技術がどのような過程を辿って発展してきたか明らかにするために、特に技術関係の刊行物(広義の意味での書籍)の発刊状況を捉えようとするものである。今年度はこの中でも、特に一般技術書として「教科書」を対象とした。この理由は、高度な専門書はその読者が限られ、建設技術の普及化と必ずしも結び付かないことに起因する。そして、最初に、教科書の定義並びに役割を捉えるために、明治以降の教育制度と教科書の関わり方を究明した。次に、理工系の中での教科書の発展過程を研究の対象とし、斯分野との関係性の中から建築学の特性を導きだした。研究の結果からは、明治の20年代になると、それまでの欧米の翻訳書中心から、日本人による執筆が行なわれ、建築学にあっては、他の理工系学より早くに取り組まれ、とくに代表的なものとして中村達太郎による「建築学階梯」の存在が明らかになった。他にあっては、滝大吉、三橋四郎等の著作が建築学における教科書の役割を早期から果たしていた。また、三橋四郎のものは、明治後期の初版から昭和初期まで改訂されながらも長期に亘って一般に使用されてきたことが解明できた。 次に、建築学の全分野を視野にした所謂シリーズ本を3種(「アルス建築大講義」、「早稲田大学講義録」「高等建築学」)の内容比較を行なった。この結果、「アルス」は建築意匠や歴史に、「高等建築学」は建築計画に重点が置かれ、一方「早稲田」にあっては、教育の観点が強く、内容が均一化されていることが判明できた。この現象は編者の建築学に対する意識と関係するが、我が国における建築学が芸術と工学の融合形態で欧米のように「建築家」の職能が未確立であったことも作用している。また、これら3種のシリーズ本にあって、先端技術に関しては外国の文献を参照していることも併せて解明できた。
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