平成12〜14年度の3ヵ年で、北京・天津・上海・哈爾浜・藩陽・長春・大連・青島・香港・マカオ・シンガポール・クアラルンプール・バンコク・ホーチミンシティ・ハノイ・プノンペン・ヤンゴン・ソウル・台北・ジャカルタ・バンドンの21都市を調査してまわった。その調査を通じて得られた主だった知見は以下の通りである。 1.アール・デコのスタイルの建物の存在の多寡は、各地の植民地時代の宗主国のいかんとは究極的には関係しない。たしかに、かつてのフランスの植民地であった都市には典型的なアール・デコのスタイルの建物が多いように見受けられるが、どの都市にもこのスタイルの建物は残存しており、1920-30年代にその都市でどれだけ活発な建築活動が行われたかにむしろ大きく関わるようである。 2.それらのアール・デコの建築の設計者には仏・英・蘭・日・中・韓の各国の建築家の存在が見られる。これは、同時代のどの国の建築家にもこのスタイルが浸透していたことを物語るものであろう。あるいはまた、むしろ建築家の名の判明していない名もなき普通の建物にアール・デコのスタイルの影響が広範に見られ、これはアール・デコが特定の国や地域に固有のものではなく、広く時代一般の産物であることを示している。 3.アール・デコの建物が集中的に残存している特筆すべき地区がある。バンドンのBraga通りとAsia Afrika通り、ホーチミンシティのDong Khoi通り、クアラルンプールのTuanku Abdul Rahman通り、ヤンゴンのBogyoke Aung San通り、長春の新民大街、天津の解放北路、それに1940年代に建設されたものではあるがバンコクのRatchadamnoen Nok通りである。これら地区はアール・デコの伝統的建造物群保存地区的な様相を呈していて貴重である。
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