鉄の酸化膜自身の耐食性は高いが、自然酸化で出来る酸化膜は一般には鉄の保護膜にはならない。しかし、この理由は充分に解明されていない。我々は、PVD(物理蒸着法)により人工的に作製したα-Fe_2O_3を鉄の上に被覆し、保護膜になりうるかどうか調べた。その結果、真空蒸着法、活性化反応蒸着法で作製したα-Fe_2O_3膜は1%食塩水に漬けると剥離するため、保護膜にはならなかった。しかし、電子シャワー蒸着法で作製したα-Fe_2O_3膜は全く剥離せず保護膜になり得ることを見出した。ピンホール等の欠陥部があればその箇所のみ腐食はするが、腐食の進展は見られなかった。試料を食塩水に漬けるとCl^-イオンやH_2が膜に侵入するため、内部応力が高くなり、真空蒸着等で作製した膜は界面で容易に剥離した。電子シャワー法で作製した膜は界面で化学結合を形成しているため、密着性に富み、応力が高くなっても剥離を生じなかった。これが、保護膜になりえる理由である。 我々は電子シャワー法で初めてセメンタイト(Fe_3C)単相膜の作製に成功した。そしてセメンタイトの硬さ(Hv1180)を得ている。セメンタイトは耐食性に優れるものと予想されたが、1%食塩水で容易に腐食した(耐食性は鉄の2倍)。我々が作製したセメンタイト膜は成膜後1-2日までは全く酸素を含まないが、その後、表面が酸化し始め、約1ヶ月で表面の酸素量は飽和する傾向にあった。その酸化膜はXRDの結果、アモルファス構造をしていた。そして、1ヶ月室温保持したセメンタイト膜は全く腐食せず、耐食性に優れることが分かった。今後は鉄に被覆し、鉄の保護膜になり得るか調べる必要がある。
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