天然高分子の代表的な規則構造であるらせん構造は、片方の巻き方向を示しているが、この巻き方向の優先はヘリックス鎖中にキラルな残基が共有結合で組み込まれることに基づく。本研究では、アキラルなペプチド系らせん構造においてその巻き方向が外部からのキラルな小分子との非共有結合型相互作用によって片方に誘起させることを試みた。このために、N末端にアミノ基を有するアキラルな9量体ペプチドを設計・合成し、キラル小分子としてカルボン酸化合物を用いた。即ち、酸-塩基相互作用によって、キラルな小分子がペプチドの末端に配位し、ペプチド末端でのキラルな相互作用がドミノ的に片方のらせん構造を誘起するかを調べた。^1H-NMRおよびIR測定ならびにエネルギー計算より、ホストペプチドはCHCl_3中で3_<10->ヘリックス構造を形成していた。ホストペプチドは不斉単位を含まないため、単独では全くCDを示さず、右巻きと左巻きヘリックスが等量存在している。しかし、キラルカルボン酸を添加したところ、ホストペプチドに基づく強い分裂型CDスペクトルが現れた。Lカルボン酸からは右巻きヘリックスが誘起された。N末端を保護したペプチドでは全く誘起CDを観測することが出来なかった。誘起CD強度はキラルカルボン酸の濃度とともに増大し、酸塩基会合定数に応じた変化を示した。結論として、N末端でのキラルな分子間相互作用がホストペプチドの片方のヘリックスセンスを誘起することが示した。以上の結果はアキラルなペプチド系ヘリックスの巻き方向を分子間ドミノ効果により制御できる重要な現象を見出しただけでなく、ペプチド・蛋白質科学において新しいキラル相互作用を提示した。なお、ここまでの結果は速報誌としてまとめ、国際的に高い評価を得ている。次年度以降は、ホストペプチドの末端の化学構造やキラルゲスト分子を様々に変化させ、ドミノ効果に基づくヘリックスセンス誘起の機構を明らかにする予定である。
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