天然高分子の代表的な規則構造であるらせん構造は、片方の巻き方向を示しているが、この巻き方向の優先はらせん鎖中にキラルな単位が共有結合で組み込まれることに基づく。昨年度、N末端にアミノ基を有するアキラルなペプチド系らせん構造がキラルなカルボン酸分子との非共有結合型相互作用によって片方のらせんを誘起させることに成功した。ここでは末端で形成したキラルな情報がペプチドの鎖全体に伝搬し、一方のらせんを誘起することから、「非共有結合型ドミノ効果」と言え、世界で最初に観測された現象である。 本年度では、この新しい相互作用が実際の生体系でどの程度効果的に働いているかを明らかにするために、キラルペプチドのらせん構造に及ぼすドミノ効果に着目した。N末端が保護されていないアキラルな8量体ペプチドのC末端にL-Leu(1)およびL-Leu_2(2)を有するペプチドを用いた。ペプチド1は左巻きらせんへの弱い偏りを示し、ペプチド2は右巻きらせん構造を強く優先した。これらのらせんの巻き方向はC末端でのキラルな残基による「共有結合型ドミノ効果」を介して発現している。ペプチド1の溶液にキラルカルボン酸を添加したところ、そのキラリティの違いに応答して、左巻きらせん構造の安定化または不安定化(らせんの反転)を引き起こした。一方、ペプチド2の強い右巻きらせん構造はキラルカルボン酸の添加によって保持されたが、キラリティの違いに応じてらせん構造の安定性に差が生じた。以上の結果は「非共有結合型ドミノ効果」がキラルペプチドの元のらせん構造の安定性に顕著な影響を与え、生体系の相互作用において新しい概念を提示した。これらの内容は既に論文としてまとめ、国際的に高い評価を得ている。さらに、平行して共有結合で組み込まれたキラリティの違いにより発現するらせん構造の安定性や超二次構造に及ぼすキラリティの影響(インドとの共同研究)についても新たに取り組んでいる。これらのデータはらせん構造に及ぼすキラリティの作用形態の効果、即ち分子間型と共有結合型との間の本質的な違いを明確にする上で重要である。次年度は、「非共有結合型ドミノ効果」に対する詳細な発現機構について取り組み、研究を総括する予定である。
|