パンコムギはイネ、トウモロコシとともに世界の3大穀物の一つである。パンコムギの品種改良のためにライムギ属やエギロープス属等の近縁野生植物の有用遺伝子が導入され、耐寒性、病害虫抵抗性、優良なタンパク質といった形質を持った品種が育成されてきた。しかし、有用遺伝子の導入にあたり、これらの近縁植物とパンコムギとの交雑の難易が問題となってきた。パンコムギのライムギとの交雑親和性は、パンコムギの第5同祖群染色体に座乗するKr遺伝子群に制御されている。Kr遺伝子群はパンコムギの柱頭および子房内で発現して、ライムギの花粉管の柱頭への侵入および伸長を阻害している。本研究は、Kr遺伝子の構造と機能を解明して交雑親和性のメカニズムを明らかにするため、Kr1遺伝子に対応するDNA断片を単離し、クローニングするとともにその塩基配列を決定することを試みたものである。材料として、ライムギとの交雑親和性の高いパンコムギ品種Chinese Spring(遺伝子型kr1)に交雑親和性の低い品種Mara(Kr1)の5B染色体を置換した系統より育成された組換え近交系20系統を用いた。開花期に雌蕊を採取し、交雑親和性の高い系統と低い系統に分け、それぞれのグループの雌蕊をバルクしてmRNAを単離した。逆転写によりcDNAを合成しDD-RAPD法およびDD-AFLP法により多型の検出を試みた。その結果、DD-RAPD法では再現性に問題があり、信頼できる結果は得られなかった。DD-AFLP法の場合、1723のプライマーペアで解析を行った結果、Kr1遺伝子を持つ系統に特異的なcDNA断片を62検出した。このうち、31断片をゲルより回収しクローニングを行ったところ24のクローンが得られた。それらについて塩基配列を決定し相同性検索を行ったところ、シロイヌナズナの2因子制御系タンパク質、イネのシステイン分解酵素前駆タンパク質と高い相同性を示した。Kr遺伝子は外来の花粉粒子を認識し、その花粉管の伸長を阻害している。これらの遺伝子はこの一連のプロセスに関与していることが示唆される。今後さらに、検出された多型断片をノーザン解析し、雌蕊での特異的な発現を検証することが必要である。
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