研究概要 |
絹タンパク質は腺腔内に液状絹(liquid silk)として,20〜30%という高濃度タンパク質溶液で存在する。絹糸腺組織のpH調節や水分(浸透圧)調節の異常があれば,この液状絹の不可逆的なゲル化変性が引き起こされ,変態期にカイコは吐糸不能に陥る。カイコ幼虫が糸を吐いて繭を形成する過程で,絹タンパク質の液体⇒液晶⇒固体(繊維化)という劇的な変化が進行する。この過程で絹糸腺の能動輸送機構,すなわちイオン輸送性ATPaseがpH調節や水分調節の電気化学的駆動力になり,その結果として水の輸送を規定し,液状絹の物理化学的状態を調整していると考えられる。本研究は,カイコ絹糸腺の能動輸送機構であるプロトンポンプ(液胞型H+輸送性ATPase,V-ATPase)と水の輸送に関係する水チャネル(アクアポリン)の働きから絹糸腺のpHや水分の調節機構を調査した。 1.中部絹糸腺細胞におけるV-ATPaseの免疫組織化学 5齢幼虫期における急速な絹糸腺の肥大成長は,絹タンパク質の合成・分泌と並行しており,その主たる部位は中部絹糸腺である。組織の大きさからも圧倒的に主要な部分である中部絹糸腺におけるV-ATPaseの解析を行なった。V-ATPaseの免疫組織化学から,中部絹糸腺細胞の腺腔側表層にV-ATPaseの分布を検出した。前部絹糸腺細胞と同様の分布を示したことから,絹糸腺は電気化学的電位差を形成する生理的仕事を絹タンパク質の濃縮・貯留と関係して腺組織全体で遂行していることを伺わせた。 2.絹糸腺における水チャネルの同定 細胞内外への水の輸送は,水チャネル(Aquaporin,AQP)と呼ばれるタンパク質が水の通路として機能している。水チャネルの存否を確認することはH+の能動輸送が,いかなる生理作用を行なっているかの一つのマーカーとなるので,AQPを遺伝子レベルで同定することを試みたところ,前部絹糸腺からAQPホモログの遺伝子をクローン化することができた。絹糸腺全体の水分調節の働きを理解する上において,V-ATPaseのみならず,AQPを追究することが今後重要であると考えられた。
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