この研究は、乾燥地の灌漑農地において暗渠排水の整備後に懸念される用水消費量の増大に対処するため、暗渠排水施設を活用した節水的水管理技術の確立に向けた基礎データを得ることを目的として実施した。本研究は、当初パキスタン・パンジャブ州の代表的な暗渠排水地区を対象に進めていたが、同時多発テロを契機に同国の治安状況が悪化したため方針を大幅に変更し、中央アジアの塩害発生地域も対象に加えて実施した。 (1)パンジャブ州の暗渠排水地区を調査し、その排水特性を明らかにした。暗渠、集水渠からの排水を吸水槽へ集め、それをポンプで排水路へ排除する方式に特徴がある。(2)排水を利用した地下灌漑の一形態を想定したカラム実験の結果、淡水利用効率は向上したものの、塩害の影響が表れた。このことから、排水利用期間の短縮や時期についての検討の必要性が示唆された。(3)現地実験で得たデータに基づく分析では、排水を用いた長期の連続灌漑は収量を大幅に減少させ、土壌の塩性化を進行させることが確認された。3年間の継続実験では、通常の土壌が塩類土壌に劣化し、ソーダ質化も進んだ。しかし、1年目だけを見た場合、収量の減少量は多くなく、土壌ECeはそれほど増加していないことから、1作ごとの脱塩の効率的実施、排水と淡水の交互灌漑の適用、排水の希釈利用等の水管理を行うことにより、上記問題解決の可能性が示唆された。(4)中央アジアの灌漑区で実施した実験データに基づく解析では、圃場排水路は水稲区と畑作区間の水理的連続性の断続、および水稲区の余剰塩類の排除という本来の役割を果たしていないこと、水稲区からの浸透水は排水路の下方を経て移動し、隣接する畑作区の地下水位を上昇させ塩類集積を加速させていること等が明らかとなった。暗渠排水の採用は、土壌中の塩類を効率的に除去できる点で有効であるが、下流域の水質悪化を招く恐れがあり、十分な注意が必要である。
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