今回の研究では、過去に科学研究費補助金を用い開発した細胞内酸素濃度およびミトコンドリア代謝の超高解像度画像化システムを用い(1)果たして心筋細胞内部の酸素拡散がミトコンドリアの好気的代謝を制限する要因となり得るか、(2)もしそうならばミトコンドリアのエネルギー産生は、どのようにして拡散性酸素供給の不足に適応するのか、(3)そのとき細胞質に存在するミオグロビンはどのような生理的機能を果たすのか、を追求した。 その結果、ラット心室筋細胞内部では、酸素拡散はミオグロビンにより加速されるものの、その速度は当初予想されていたよりはるかに緩慢で、細胞(ミトコンドリア)の酸素需要が中等度増加した際には、拡散による酸素供給が追いつかなくなり、細胞の中心部分に酸素不足領域(hypoxic core)が形成されることを画像化することができた。このhypoxic coreは、ミトコンドリアの好気的代謝を抑制し、細胞中心部に代謝制限領域(anoxic core)を形成するおそれがあるが、正常なミトコンドリアにおいては、その内因性制御機構(呼吸調節)により、anoxic coreの形成が回避され得ることを明らかにした。 これらの結果は、特に心肥大が心不全の転帰をたどるメカニズムを理解する上で意義深い。すなわち種々の容積あるいは圧負荷に対する生理的代償として心筋細胞の肥大がおこるが、これは毛細血管から細胞中心部までの酸素拡散距離を拡大し、細胞中心部にhypoxic coreを形成する。これは細胞のエネルギー産生に対し潜在的な脅威となる。このことに加え、肥大心筋で報告されているミトコンドリア呼吸調節の異常により、正常心筋では回避され得るanoxic coreの形成が加速され、最終的には、心筋に不可逆的なエネルギー不足が生じるものと予想される。以上のメカニズムの実験的検証が今後の課題である。
|