これまでの雌ラットの性行動研究では、限られた空間内に雌を性的に活発な雄と一緒にして性行動を測定するというものであった。しかし、この方法では、性行動は雄主体に進行し、雌の動機づけレベルがほとんど反映されない。そこで、本研究では、交尾ペース取り行動と性パートナー嗜好性という2つの行動テストパラダイムを用いて検討した。前者は、雌が雄から逃回避可能な場所を設け、雌自らの交尾ペースを測定しようというもので、また、後者は性的異性の匂いに対する嗜好性を測定するものである。 最初に試みた扁桃体内側核の破壊は、性的嗜好性を消失させ、非発情時の雄への接近に対する抑制を低減させた。これに対し、内側視索前野破壊は、交尾ペース取りには影響せず、性的嗜好性のみを消失させ、外側中隔野破壊は、性的嗜好性には影響せずに交尾ペースを促進させた。これらのことから、これまでロードーシスの制御系として知られている領域が、雌の性的動機づけに対しては異なる機能を果たしていることがわかってきた。 次に性的嗜好性がどのように決定されるかを検討するため、雄・雌ともに性的嗜好性の基礎データを取り直してみた。性的雄は、同性や非発情雌の匂いよりも発情雌の匂いを好み、発情雌は、同性や去勢雄の匂いよりも性的雄の匂いを好む。動物を去勢してしまうと、これらの嗜好性は消失するが、雄にエストロゲンを投与すると雌の嗜好性パターンが表れる。これに対して、雌にアンドロゲンを投与しても雄のパターンでなく、雌のパターンが表れることから、雌の性的嗜好性はエストロゲンに、雄の性的嗜好性はアンドロゲンによって制御されていることがわかる。しかし、正常な雌では、発生初期にアンドロゲンにさらされていないため、雄の嗜好性を発現する回路形成が欠損している可能性があり、今後の研究課題として残された。
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