プロテインキナーゼC(PKC)は、イノシトール燐脂質情報伝達系のkey enzymeであり、種々のlipid mediatorの中でもジアシルグリセロール(DAG)によって活性化されることにより様々な細胞応答に重要な役割を果たしている。我々はDAGが過酸化されることによりnative DAGの約3倍のPKC活性化作用を持つ強力な活性化物質に変質することを証明し、機能性脂質(DAG)の過酸化によるPKC過剰活性化と蛋白リン酸化反応の異常亢進による病変発生の可能性を示唆してきた。また、生体内に存在する約11種のPKCアイソザイムの中でもPKCα、δを特異的に強く活性化するという非常にユニークな特性を持つことを見いだしている。更に、PKCδを発現しているラット副腎髄質褐色細胞腫由来のPC12細胞と、δを発現していないラット胎児大脳初代培養神経細胞(PCN)の2種類の神経系の細胞に過酸化DAGを作用させた結果、PC12細胞(δ(+))は過酸化DAGにより傷害されるのに対し、初代培養神経細胞(δ(-))では傷害作用は殆ど起こらないことが判明し、病変発生において特にδ分子種の重要性が指摘されている。平成12年度は、過酸化DAGが特定のPKCアイソザイム(δ)の活性化を介して病変を引き起こすことを厳密に検証し、その分子機構をシグナル伝達経路の各ステップで精査した。研究成果1:PKCδ isoformを発現せず過酸化DAGにより変性・細胞死を起こさなかったPCN細胞に、PKCδ遺伝子を組み込んだ組換えアデノウイルスベクターを感染させPKCδ高発現細胞とした後、この細胞に過酸化DAGを作用させたところ、δ分子種を高発現するPCN細胞では神経突起内の微小管の崩壊とともに、その微小管によって輸送される神経内分泌顆粒の顕著な貯留が引き起こされることが明らかとなった。しかし、PKCαあるいはPKCδkinase negative(kinase活性のないmutant)の高発現細胞では、DAG-OOHによる傷害作用は全く観察されなかった。研究成果2:過酸化DAGにより誘導されるPKCδ過剰活性化による情報伝達異常の分子機構をδ高発現細胞を用いて検討した結果、DAG-OOH刺激により、Raf、MEK(MAP kinase kinase)、ERK(MAP kinase)、tauの燐酸化が亢進していることが証明された。
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