本研究では回虫体壁に見い出された新規シトクロムb5(以下Cytb5)の生合成機構、局在を明らかにし、低酸素圧適応における生理機能を解明することを目的としている。 本シトクロムは塩溶液で抽出される可溶性の蛋白であるにもかかわらず、精製蛋白には無いプレシークエンス(以下PRS)がN-末端側に付加されていることがcDNAクローニングにより明らかにされている。PRSを有するCytb5はこれまでに報告されていない。 生体内分布をみる目的で、抗回虫Cytb5抗体を用いた、成虫体壁の細胞分画および体腔液に対するウエスタンブロッテング、および回虫成虫横断切片の免疫組織染色をおこなったところ、本シトクロムは顆粒分画には検出されなかったが、細胞質分画と体腔液には検出され、角皮下層には顕著な染色が観察された。また、体腔液からヘムを有するCytb5を精製した。すなわち、体壁から精製したCytb5は角皮下層由来であること、また、一部体腔液に分泌されることが明らかとなった。ノザンおよびウエスタンブロッテングの結果、本シトクロムは受精卵、および感染3期幼虫においては発現が検出されず、成虫特異的に発現されるものと思われる。 PRSの機能を調べる目的で、PRS全長をもつCytb5をコードするcDNA、これを一部、あるいはほとんど欠いたCytb5をコードするcDNAを作製し、大腸菌内で発現させた。その結果、PRS全長を保持したものだけが、体壁から精製されたnativeなCytb5と区別がつかない組換えタンパクを産生し、しかも大腸菌のペリプラズムに輸送されていることが明らかとなった。回虫体腔液の酸素に対する親和性が非常に高いヘモグロビンは、一酸化窒素依存的に酸素を除去する酵素であるという最近の報告がある。そこで、このヘモグロビンとCytb5との反応性をしらべたところ、本シトクロムは酸素結合能のないメトヘモグロビンを還元して、酸素を結合できるヘモグロビンにするメトヘモグロビン還元系に関与することが明らかになった。自活性線虫C. elegansの遺伝子情報ではCytb5のホモローグが4種見い出されたが、抗Cytb5抗体と反応する成分は細胞質画分では検出されなかった。
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