本研究では赤痢菌の細胞間拡散に必要な外膜蛋白VGによるアクチン重合機構の解明を企図し、VGによるアクチン重合機構においてN-WASPに結合するシグナル伝達分子やアクチン重合制御因子を同定し、さらに実際の感染細胞内において、それらの分子がVGによるアクチン重合に果たす役割の解析を行い以下の知見を得た。 (1)低分子量GTP結合蛋白の1つ、Rhoファミリー(Rho、Rac、Cdc42)はそれぞれ異なるシグナル伝達経路の下流で特徴あるアクチン系細胞骨格蛋白を制御している。このうちCdc42が赤痢菌の細胞内運動にも関与していることを示した。赤痢菌の感染細胞に対してCdc42の活性化蛋白を微量注入すると、赤痢菌の運動速度の増大作用が認められた。また、アフリカツメガエルの卵母細胞抽出液にRhoGDを添加するとVGによるアクチンコメット形成が阻害され、さらにCdc42の活性化蛋白の添加によりコメット形成が回復した。またCdc42が赤痢菌感染細胞内においてアクチン重合による細胞内および細胞間拡散に必須な役割をになっていることを明らかにした。 (2)アクチン重合を促進する作用をもつプロフィリンがコメット伸長に促進的に働くことを示した。アクチンモノマーあるいはN-WASPのプロリンリッチ領域に結合できないプロフィリンの変異体を用いることによって、VGによるアクチン重合にプロフィリンが促進的に作用することを明らかにした。 (3)哺乳動物細胞においてWASPファミリーのうちWASPは血球系細胞にのみ発現するが、N-WASPやWAVEは普遍的に発現すると考えられている。しかしマクロファージ、多形核白血球といった血球系細胞にはN-WASPがほとんど発現していないことを見い出した。これらの細胞ではWASPが大量に発現していた。VGはN-WASPとのみ特異的に結合することから、赤痢菌が感染したマクロファージの細胞質内ではVGと結合するN-WASPがほとんど存在しないがためにアクチン重合が生じず、その結果アクチンコメットの形成がほとんど起こらないことを明らかにした。
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