本研究は、腸管出血性大腸菌O157がヒトの腸管内で付着、感染するメカニズムを明らかにすることを目的としている。 1、ヒト正常大腸上皮細胞を回収し、安定して初代培養する技術を確立した。 2、大腸菌O157はSalmonella entericaと同等にその正常上皮細胞に取り込まれ、その取り込みはcytochalasin Dで阻害されることから、細胞骨格の機能に依存している。また一方で、methyl-cyclodextrinによって細胞膜のコレステロール含量を下げるとO157の取り込みを阻害した。しかしながら、caveolaeの阻害剤やendocytosisの阻害剤は影響を与えなかった。 3、細胞内に取り込まれた大腸菌O157の数は、gentamicin処理によって細胞外の菌を殺すことによって検討しているが、細胞内に菌が存在することをより明確にするため、confocal fluorescence microscopeと電子顕微鏡による形態的な確認を行った。 4、初代培養細胞には複数の細胞種の混在があるが、大腸菌O157を取り込んでいる細胞が、macrophageなどでなく、上皮細胞であることを免疫組織化学的なマーカー検索で確認した。一方で、大腸腫瘍細胞株C2BBe1やHCT-8でも取り込みが起こることも証明した。 5、大腸以外の上皮細胞としてHela細胞を比較してみたところ、salmonellaは上皮細胞と同等に取り込まれるのに対し大腸菌O157は大腸腫瘍細胞株C2BBe1の十分の一程度しか取り込まれず、本研究で扱った初代培養細胞の結果と総合して、従来多く用いられるHela細胞が生理的な条件を反映していないことが示唆された。 6、菌の定着因子として知られている種々の分子を欠損した変異株を用いて、それぞれの分子の関与を検討すると、intimin遺伝子は取り込みに関与しないが、sepLというtype III分泌システムの遺伝子を破壊した変異株の細胞への取り込みは劇的に低下していた。このような差は大腸腫瘍細胞株C2BBe1への取り込みでも観察されたが、sepL蛋白の機能がまだ十分解明されていないことから、興味深い知見と思われる。
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