研究概要 |
肺癌の死亡率はわが国において著明な増加傾向を示し、近年男性では胃癌を抜いて最も高率の癌になっている。肺癌の原因としては男性では喫煙が最も重要であるが、女性では現在なお未解明の点も多い。これまで喫煙による肺癌発生感受性の性差を検討した分子疫学的研究は殆どない。本研究では、biomarkerとして芳香族炭化水素(PAHs)を代謝的に活性化しPAH-DNA付加体生成に関与する第1相薬物代謝酵素である芳香族炭化水素水酸化酵素(aryl hydrocarbon hydroxylase, AHH)活性と、代謝的に活性化されたPAHsの代謝的不活化に関与するグルタチオンS-転移酵素(glutathione S-transferase M1,GSTM1)の遺伝子多型およびPAH-DNA付加体量を測定し、肺癌発生感受性の性差について検討した。 本学医学部附属病院呼吸器内科にて152名の原発性肺癌患者(喫煙者)についてインフォームドコンセントを得、末梢血からDNAの抽出を行った。遺伝子解析は、本学医学部の遺伝子解析倫理審査委員会の承認を得て行った。152名の症例の内訳は、男性110名、女性42名であった。喫煙男性症例の年齢、喫煙量および季節を調整したリンパ球の非誘導AHH活性、誘導AHH活性およびAHH誘導性(3-methylcholanthrene誘導AHH活性/非誘導AHH活性)は、それぞれ0.042pmole/10^6 cells/min、0.289pmole/10^6cells/minおよび6.9であった。一方、女性は0.043pmole/10^6cells/min、0.275pmole/10^6cells/minおよび6.4であった。男女間で、これらのAHHに有意差は認められなかった。CYP1A1 Msp I遺伝子多型では変異型ホモ接合体はC型であるが、C型は男性喫煙症例では24.6%、女性喫煙症例では19.1%であった。しかしこの場合も統計学的には有意差を認めていない。一方、GSTM1遺伝子多型の変異型は欠損型であるが、男性では70.0%、女性では52.4%であった。遺伝子多型の頻度も男女間に有意差はなかった。年齢、喫煙量および季節を調整した10^8塩基あたりのDNA付加体は男性では0.71、女性では0.94であった。この場合も、男女間で有意差は認められなかった。今後、女性症例数を増やすことにより統計学的検出力が増して、性差が認められる可能性がある。
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