研究概要 |
目的:アジア諸国や中南米で発生している慢性砒素中毒の原因である5価の無機砒素は通常の生活環境に存在するものであることから、潜在的砒素暴露による生体影響が懸念される。本研究では、砒素の生物学的モニタリングに必要となる健常者の尿中砒素濃度の基準値を検討し、さらに魚貝類や海藻類など海産物の多食による砒素暴露とその生体影響および温泉水利用者における砒素暴露とその生体影響について解明を試みた。また、砒素は発がん物質であり、その酸化ストレスによりDNA損傷を誘発する可能性があるため、DNA損傷のマーカーとされる尿中8-ヒドロキシデオキシグアノシン(8-OHdG)濃度の測定を行ない、モニタリングの有効性について検討した。 調査対象:同意を得られた全国6地域の一般健常者248名、岩手県内沿岸部に居住し、海産物の摂取の多い住民(主として漁業従事者)31名、温泉地に居住し、日常温泉水を良く利用する住民21名を対象に尿を採取した。 調査項目:砒素は超低温捕集-還元気化-原子吸光光度法で、無機砒素(iAs),モノメチル化砒素(MA),ジメチル化砒素(DMA),トリメチル化砒素(TMA)の化学形態別に測定を行った。尿中8-OHdG濃度はELISA法を用いた測定キットにより測定した。 結果と考察:一般健常者の尿中からiAs、MA、DMA、TMAの4形態の砒素が検出され、その主体はTMAであった。また、中毒性砒素の目安とされるIMD値(iAs、MA、DMAを足した値)が砒素暴露のない被験者でも多数存在することが明らかになった。海産物多食者では全ての形態で高濃度の砒素が検出され、摂取した多量の海産物に由来していることが示唆された。これに対して温泉水利用者では尿中砒素濃度は全体的に低く、砒素の影響は認められなかった。一方、一般健常者の尿中8-OHdG濃度には性・年齢差がなく、今後、マーカー物質として有効性が高いと考えられる。海産物多食者、温泉水利用者の尿中8-OHdG濃度はともに高値を示したが、尿中のどの形態の砒素とも相関は認められなかった。潜在的砒素暴露による酸化ストレスの誘発とDNA損傷の関係を明らかにするため、研究の継続が必要と考えている。
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