本研究ではまず動物実験を用いて二酸化炭素拡散性について寝具ごとに調査し、それが機械的模擬呼吸モデルの結果とほぼ同じであること、言い換えれば機械的模擬呼吸モデルの簡便性を示すことが出来た。しかし、実験モデルでは単に寝具の解析のみであり、そこで更に具体的な症例を詳細に解析してみることとした。5例中4例は死因が特定できず、しかしSIDSとも診断できなかった例である。特に2つの症例では虐待の可能性も否定できなかった。SIDSを単に"死因不詳の死"としてのみに解釈してしまうと、本例のようなケースも含めてしまう危険がある。不自然な損傷の散在、医学的に説明困難な低栄養の存在など、虐待が否定できないようなケースは、仮に死因不詳であってもSIDSとは別のカテゴリーにわけるべきであろう。もう一つの問題がうつ伏せ寝における窒息の関与である。普通、窒息を死因判断するには、窒息を起こすだけの環境あるいは窒息を示す確実な死体所見が必要とされる。しかしうつ伏せで死亡した乳児の多くは身体所見上に窒息の確実な"証拠"がみられたものは少ない。今回の研究中に生じた事例をみても、再呼吸からみた寝具の評価も極端に悪い結果は出ていない。即ち寝具は「原因」ではなくひとつの「因子」として関与しているのではないかと考えられる。しかしそうであっても、わが国の多くの法医学者が考えているように「100%窒息を否定できなければSIDSとは診断できない」とすれば、仮に「因子」であっても、全てのうつ伏せ寝による突然死はSIDSと診断できないことになってしまう。われわれ法医学者は症例ごとにみられる一つ一つの問題点を、些細なものであっても拾い上げ、記録し、複数分野の専門家の意見も参考にしながら、科学的な目で慎重にその意味を考察し、それらを積み重ねていく以外に、乳児突然死の解明に近づく方法はないのではいかと考えられた。
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