研究概要 |
遺伝性セルロプラスミン欠損症の発症機序および病態生理を明らかにするため以下の検討を行った。 (1)遺伝性セルロプラスミン欠損症患者の剖検脳を用いて酸化的ストレスのマーカーである脂質過酸化物malondialdehyde(MDA)、4-hydroxyalkenals(4-HNE)を定量した。患者剖検脳では大脳皮質、被殻のいずれの部位においてもMDA、4-HNEいずれもが対照脳に比べて明らかに増加していた。また抗HNE修飾蛋白に対する抗体を用いた免疫染色では患者脳(尾状核、扁桃体)の残存細胞の細胞質が対照脳に比べてより強く認識された。さらに酸化的ストレスによる蛋白修飾の程度を見るために2,4-dinitrophenylhy drazine(DNPH)を用いてカルボニル化蛋白を定量したところ患者脳では対照脳に比べ有意に増加していた。このことはカルボニル基とDNPHとの反応産物を認識する抗体を用いたウエスタンブロットでは患者脳組織試料は対照脳に比べて複数のバンドが強く標識されたこととよく合致した。以上の結果より本症脳では鉄の過剰沈着に伴い酸化的ストレスが亢進していることは明らかであり、このことが本症における神経細胞障害の成因となっている可能性が強く示唆された。また二次元電気泳動およびペプチドシークエンスによるカルボニル化蛋白の検討ではグリアのマーカーであるglial fibrillary acidic protein(GFAP)が強い修飾を受け、断片化していることが明らかとなった。これは本症における神経細胞死の一因としてグリアの機能障害の関与を示唆する可能性があり、今後さらに検討する予定である。 (2)本症患者試料がきわめて限られるためgene targeting法によりセルロプラスミンを欠損したマウスを作成し、解析を始めた。マウスセルロプラスミン遺伝子エクソン1をネオマイシン耐性遺伝子に置き換える置換型ベクターを用いた相同組み換え法よりセルロプラスミンを完全に欠損したマウスを作成した。ヘテロマウス同士の交配ではほぼメンデルの法則に準じた比率でセルロプラスミン欠損マウスを得ることができた。臨床的にはセルロプラスミン欠損マウスは野生型マウスと同様に生育し、生殖能力も有意差はなかった。最長で生後約1年間観察したが、セルロプラスミン欠損マウスは臨床的に有意な症状を呈さなかった。生後20週齢および40週齢を対象にして諸臓器の鉄定量を行ったところセルロプラスミン欠損マウスにおいてはいずれの週齢においても肝臓において有意な鉄の増加が見られた。脳、腎臓においては有意な差異は確認できなかった。現在、セルロプラスミン欠損が鉄の代謝にどのような変化をもたらすのかに着目してtransferrin receptor、hephaestinなどや鉄代謝に関連する種々の遺伝子の発現の変化を経時的に調べている。
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