遺伝性セルロプラスミン欠損症の発症機序および病態生理を明らかにするため以下の検討を行った。 (1)遺伝性セルロプラスミン欠損症患者2例の剖検脳において酸化的ストレスのマーカーである脂質過酸化物 malondialdehyde (MDA)、4-hydroxynonenal (4-HNE)含量が対照脳に比べて有意に増加していることを明らかにした。さらに3名を追加し計5名の剖検脳を用いて病理・免疫組織化学的検討を行った。5例に共通して鉄の過剰沈着および神経細胞脱落の程度は大脳皮質に比して大脳基底核に強く見られた。また星状膠細胞(アストロサイト)の変形・肥大化およびspheroid-like globular structureの出現が本症に特徴的に見られる変化であることを指摘した。大脳皮質、大脳基底核のいずれにおいても鉄の沈着は神経細胞より星状膠細胞に強く見られた。globular structureはグリアのマーカーであるglial fibrillary acidic protein (GFAP)に対する抗体や抗S100蛋白抗体にて種々の程度に染色される一方、神経細胞成分であるneurofilamentやsynaptophysinに対する抗体では明らかな染色性が確認できなかった。またglobular structureの電子顕微鏡的観察にてグリア細線維様構造物が見られた。以上からこの構造物はグリア由来であることが強く示唆された。さらに抗4-HNE抗体を用いた免疫染色では変形した星状膠細胞、globular structureはいずれも強く染色され、これらの病理変化が酸化的ストレスと密接に関連することが考えられた。すなわち本症脳では鉄の過剰沈着に伴い酸化的ストレスが亢進していること、神経細胞死の成因として酸化的ストレスによる直接的な神経細胞傷害に加えてグリアの機能障害による二次的要因が関与する可能性が示唆された。 (2)セルロプラスミン欠損マウスを作製し、本症の病態を鉄代謝関連遺伝子の発現という観点から検討した。本マウスはヒトの病態と類似して肝臓における過剰な鉄沈着と小球性低色素性貧血を呈したが、脳への鉄沈着、中枢神経症状は再現されなかった。鉄の主たる吸収部位である小腸と鉄が過剰に沈着する肝臓においてdivalent metal transporter 1(DMT1)、ferroportin 1(FPN1)、hephaestin (HEPH)、transferrin receptor 1( TFR1)および2(TFR2)の発現をTaqMan PCR法により定量的に検討した。その結果、セルロプラスミン欠損マウスの小腸ではヘモクロマトーシスや鉄欠乏性貧血で見られるようなDMT1、FPN1の過剰発現は認めなかった。また肝臓ではDMT1、TFR1が対照マウスに比べ有意に低下しており、TFR2も低下傾向を示した。以上より本症における肝臓への鉄沈着の機序としては小腸からの鉄の過剰吸収や肝細胞での過剰な鉄の取り込みが主因ではないことが推察された。このことは従来から指摘されているようにセルロプラスミンが肝細胞からの鉄の排泄に関与することを支持するものである。
|